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鐘楼の発掘調査2

更新日:2020年05月28日

願泉寺の鐘楼の調査

鐘楼基壇上面の写真

鐘楼基壇上面

鐘楼の礎石の写真

鐘楼の礎石

土坑断面の写真

土坑断面状況

土坑完掘の写真

土坑完掘状況

平成22年3月8日から3月10日にかけて願泉寺鐘楼(しょうろう)の修復事業に伴い、基壇(きだん)について調査を行いました。

鐘楼基壇には、厚さ0.02~0.05メートルの焼土(橙色土)と炭が混入する土(にぶい黄橙色土)があり、この層を取り除き、調査を行いました。この層は、空襲により鐘楼が被災した際の焼土と炭と考えられ、瓦や炭化した部材の一部が出土しました。

焼土と炭が混入する土の下層には、空襲を受ける以前の叩き固めた面を確認しました。この表面は、はがれたり、ヒビが入っていました。

この面で、鐘楼の建築当時の古い礎石(そせき)の上面および礎石を据えるために掘った穴(掘形:ほりかた)、多量の瓦が埋められていた穴(土坑:どこう)を発見しました。

鐘楼を支える4基の古い礎石は、一辺0.7~0.8メートルであり、現在の礎石の根石(ねいし)〈注1〉として利用していました。これらの古い礎石は1石を除いて上面を削り取っていることがわかりました。現在の礎石を据えるのに高さを合わせるためであったと推測されます。

また、礎石に伴う隅丸方形の掘形を確認しました。掘形の大きさは一辺1メートル前後でした。掘形は検出のみであったため、遺物などは出土しませんでした。

基壇の南東側で、多量の瓦が埋められていた土坑を発見しました。この土坑の大きさは長軸1.6メートル、短軸0.9メートル、深さ0.8メートルを測り、土坑内からは多量の瓦の他、割石、陶磁器などが出土しました。

出土した瓦のなかには、赤く焼けた瓦も混在していることや埋土に焼土や炭が混入していることから、これらの瓦は空襲時に焼失した鐘楼の屋根瓦だと考えられます。土坑に瓦などを埋めた後には、土坑上部を粘質土で埋め戻していました。


現在の鐘楼は、1700年(元禄13年)に建てられた青松寺(貝塚市森)のもので、戦後に移築されたものです。



注1 根石(ねいし):石積みの一番下の部材。

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