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国宝孝恩寺観音堂 令和の大修理 その6
木積にある孝恩寺では、令和元年9月より本堂である観音堂(釘無堂)の保存修理事業が進められてきましたが、令和4年7月をもって事業は終了しました。本号では、これまで5回にわたって紹介してきた保存修理事業に関する記事のまとめとして、令和の大修理を終えた国宝「孝恩寺観音堂」の現在の姿について、保存修理の内容と修理前後の外観の変化を中心に紹介します。
屋根工事
観音堂の保存修理事業の中で、最も大きなウェイトを占めたのが屋根工事です。修理前の観音堂は、瓦の割れやずれ、欠損(写真1)のため、強い雨の時には雨漏りも発生していたことから、修理事業では全面的な屋根の葺替工事が行われました。
令和元年度には、堂の周囲に工事用の足場が設けられ、素屋根(すやね)と呼ばれる覆屋(おおいや)が設置されました。その上で屋根に葺かれていた1万5千枚強の瓦が全て降ろされました。

写真2 修理後の屋根 その1
続いて令和2年度には、屋根の修理に着手し、屋根の下の小屋組(こやぐみ)や屋根の下地に使われる部材などを点検し必要な修理をした上で、屋根の全面に土居葺(どいぶき)という雨水の浸入を防ぐ板張りが施されました。また、屋根から降ろされた様々な時代の瓦も貴重な歴史資料ですので、一枚ずつ調査した上で、再利用できるものについては樹脂をしみこませて固くする補強が行われました。
そして令和3年度には、瓦が葺き直されて、全国的に類例の少ない行基葺(ぎょうきぶき)の屋根が本来の姿を取り戻し、現在は新旧の瓦がきれいに並べられた状態となっています(写真2・3)。

写真1 瓦の欠損がみられる修理前の屋根

写真3 修理後の屋根 その2
左官工事
観音堂の四面の大部分は、漆喰(しっくい)壁によって堂の内外が仕切られています。修理前の漆喰壁は経年劣化によって柱や貫(ぬき)などの部材と壁の間にすき間ができたり(写真4)、漆喰がはがれたり(写真5)、壁の表面が雨漏りの跡で汚れたりしていたことから、修理事業では、漆喰壁を解体して塗り直す左官工事が行われました。
傷んだ壁は下地を残していったん解体されました。そして、下地の補修後、壁の塗り直しが行われ、最後に漆喰が塗り直されて、真っ白な漆喰壁が復元されました(写真6・7)。

写真4 すき間が生じていた修理前の漆喰壁

写真6 修理後の漆喰壁 その1

写真5 漆喰がはがれていた修理前の漆喰壁

写真7 修理後の漆喰壁 その2
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更新日:2022年08月31日