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18.剡子(ぜんし)
剡子は、親のために命をすてようとするほどの孝行な人でした。両親は年老いて、二人とも両眼をわずらっていたところ、眼の薬になると聞いて、鹿の乳を手に入れてほしいと願いました。両親の願いをかなえたいと思い、鹿の皮をかぶって、群れをなしている鹿たちの中へ入りこみました。彫刻は、猟師たちがこれを見て、本物の鹿だと思い、弓で射ようとした、という場面です。その時剡子は「私は本物の鹿ではありません。剡子という者ですが、両親の願いをかなえたく思い、鹿の格好をしているのです」と声を上げて言うので、猟師たちは驚いてその訳を尋ねたところ、ありのままを話しました。そして孝行の心が深いゆえに、矢を逃れて帰ることができたといいます。

19.楊香(ようこう)/山谷(さんこく)
【楊香】楊香には一人の父親がいました。ある時、父とともに山へ行ったところ、急に凶暴な虎に遭いました。彫刻は、楊香が父の命を失うことをおそれて、虎を追い払おうとしている場面です。結局、虎を追い払うことができなかったので、天に向かって「どうぞお願いですから、私の命を虎に与え、父を助けてください」と志を深くして祈ったところ、それまで凶暴で二人を食べようとしていた虎が、急に尻尾をすぼめて逃げていってしまったので、父子ともに虎口の難をのがれて無事に家に帰ることができました。
【山谷】山谷は、宋の時代の詩人で、現在でも詩人の祖師といわれる人です。彼の家には使用人も多く、また妻もいましたが、母親の世話は山谷がしていました。彫刻は、便器にたまった母の小便を流している場面です。このように便器が汚れていると、自分の手でこれを洗って返すなど、毎日朝から晩まで母によく仕え、怠ることがありませんでした。一事をもって万事を知る、その他の孝行は推して知るべし、としてその孝行は世間に広く知られることとなり、二十四孝のなかでも特に有名な人であったといいます。
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更新日:2013年11月07日