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更新日:2014年03月18日

地図に見る貝塚市‐貝塚町全図から‐ 

貝塚町全図

1943年(昭和18年)に市制を施行した貝塚市は、平成25年5月1日をもって市制施行70年を迎えました。今回のテンプスでは、1940年(昭和15年)の西葛城村合併時の貝塚町全図をもとに、市制施行直前の貝塚市域のようすを紹介します。

紹介する貝塚町全図は、一万分の一の縮尺で書かれた地図で彩色がなされています。集落地は灰色、道路は赤色、平野部は薄い緑色、河川とため池は水色、海岸部の砂浜や丘陵・山地などは茶色の濃淡で色分けされています。また、地図記号で、鉄道のほか、神社や寺院、学校、役場、工場の位置が示されています。

当時の海岸は、津田から沢の二色の浜にかけてほぼ砂浜が広がり、町境の見出川河口には青少年の海事訓練施設「海洋道場」(下拡大図)がありました。

集落地は、津田から脇浜にかけての南海鉄道より海寄りの部分と、南海鉄道「かいづか」駅周辺の海塚から東・福田・新井・半田、堀・小瀬にかけての広い範囲で市街地化が進んでいた状況が見られます。のちの市役所となる町役場は、この市街地域に含まれる海塚の水間鉄道沿線にありました。

「海洋道場」部分拡大図
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