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秦廃寺出土瓦片 軒丸瓦片・軒丸瓦片(附)

更新日:2019年07月18日

秦廃寺出土瓦片 軒丸瓦片 12点

秦廃寺出土瓦片 軒平瓦片 14点

秦廃寺出土瓦片 軒丸瓦片(紀寺式)

軒丸瓦片(紀寺式)

秦廃寺出土軒平瓦片

軒平瓦片(三重弧文)

軒丸瓦片

軒平瓦片(均正唐草文)

はたはいじしゅつどかわらへん のきまるがわらへん・のきひらかわらへん

種別

貝塚市指定文化財 附(考古資料)

所有者氏名

個人(貝塚市教育委員会寄託)

寄託者住所

貝塚市畠中1-17-1

時代

飛鳥時代から奈良時代

指定年月日

平成11年9月20日

 

和泉秦寺は、7世紀後半から8世紀初頭に造営された秦氏の氏族寺院で、「広隆寺末寺并別院記(こうりゅうじまつじならびにべついんき)」には天武天皇8年(679年)に秦勝賀佐枝(はたのすぐりかさえ)によって建立されたと記されています。秦廃寺出土の瓦は、昭和初期に半田集落の南部の田より発見されたもので、貝塚市域最古の寺院の存在を証明する貴重な資料です。

軒丸瓦片

7世紀後末から8世紀初頭にかけて使われた紀寺(きでら)式と、8世紀前半に使われた池田寺式の2種類が認められます。紀寺式は、中心に複弁六葉蓮華文、その外側に雷文がほどこされたもので、下記の重弧文軒平瓦と組み合わせて葺かれていました。また池田寺式は、指定品の軒丸瓦と同じく、中心に単弁八葉蓮華文、その外側に唐草文を施したもののほか、中心が細弁十四葉蓮華文のもの、中房の蓮子に環がないものの3種類があります。

軒平瓦片

三重弧文と均正唐草文(きんせいからくさもん)の2種類が認められます。三重弧文は、弓なりの弧を描く線が3重になった文様です。また均正唐草文は、唐草文が中央から左右対称に展開し、外側に鋸歯文(きょしもん)や珠文(しゅもん)がほどこされています。

これらは破片ではありますが、秦廃寺の実態を解明するうえで大変貴重な資料です。

 

広隆寺末寺并別院記

京都市右京区太秦にある秦氏の氏寺「広隆寺」が所蔵する古文書の一つ

秦勝賀佐枝

広隆寺末寺并別院記に「和泉秦寺」の建立者として記載のある秦氏の一族

均正唐草文

左右対称の唐草文様

鋸歯文

のこぎりの歯のような文様

珠文

小さな丸い粒状の文様

この記事に関するお問い合わせ先

教育部 文化財保存活用室

電話:072-433-7126
ファックス:072-433-7053
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