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貝塚市について

昔から”ちぬの海”と呼ばれる大阪の海に抱かれ白砂青松がまぶしい「二色の浜」や、本州南限圏の天然記念物ブナ林を育む「和泉葛城山」など豊かな自然に囲まれたまち。
千本搗きで賑わう名刹の水間寺や国宝の観音堂を有する孝恩寺があり、願泉寺を中心に形成された寺内町のまちなみなど、歴史の香りあふれるまち。
コスモスシアター、善兵衛ランド、自然遊学館などのユニークな施設が加わり、ますます人が集い、心豊かに英知を育て文化を発信するまち。
こんな魅力と可能性に満ちたまちがわたしたちの貝塚市です。 

市民憲章 

貝塚市は、豊かな自然に恵まれた産業と文化のまちです。わたくしたちは、平和をつちかい、自由と平等の心のむすび合うまちをつくるため、市民の誇りと願いをこめて、この憲章を定めます。

わたくしたち貝塚市民は

1、市民の手による、人間性豊かなまちづくりをすすめます。
1、自然と歴史遺産を大切にし、美しい環境をそだてます。
1、教養を深め、清新な市民文化をつくります。
1、みんなで助け合い、おもいやりのある、心あたたかい社会をめざします。
1、働く喜びをはぐくみ、健康な家庭と活力ある社会をきずきます。

 

市名のいわれ? 

地名としての貝塚は、元々「海塚」(かいづか)の字が使われていましたが、16世紀後半に一向宗の自治都市である寺内町がつくられた時には、「貝塚」の字が使われていたことが古文書からもうかがえます。 貝塚といえば貝殻の塚として、縄文時代の遺跡を指すことが一般的であることから貝塚遺跡に関連してこの地名がつけられたとの説もあります。しかし、本市域ではいまだに貝塚遺跡が発見されていないことから、その関連性は証明できません。したがって、市名のいわれに関する確証ある説は今のところありません。 

市章のデザインモチーフ 

市章

貝塚町にあった名松”姫松”にちなむ松葉5本が、合併5か町村固い契りを願って結び合わされています。その中に大阪湾の昔の呼び名”ちぬの海”の波頭と市名の貝の字を象徴文字で表しています。 

バレーボールのまち貝塚 

バレーボールのまち貝塚ロゴ

「希望のトス 未来にアタック 貝塚市」

貝塚市は、古くは東京五輪金メダルチーム“東洋の魔女”の中核をなしたニチボー貝塚(ユニチカ)バレーボールチームのまちとして、バレーボールが市民に深く浸透、愛され、市のアイデンティティとして“バレーボール”がありました。
しかし、“バレーボールのまち”の中核をなしていた、ユニチカバレーボールチームが平成12年に東レ(滋賀県)へ売却され、貝塚市での46年間の歴史に幕を閉じました。
平成15年に、ユニチカ体育館が日本バレーボール協会貝塚ナショナルトレーニングセンターとして再開されました。貝塚市は、再び“バレーボールのまち”として活性化を図るべく、平成16年度に“バレーボールのまち貝塚”の推進を図ることを市の方針として決定しました。

 

市の花「コスモス」 

コスモス

平成元年6月に市民公募により制定されました。
コスモスはキク科の1年草で、秋に花が咲きアキザクラ(秋桜)の和名もあります。 

貝塚市CIマーク 

貝塚市CIマーク

コスモスの花はかれんで美しく、ピンク、紅、白色など、いろとりどりです。
明るく親しみやすいイメージは、これからの貝塚市のまちづくりのイメージと重ね、コスモス・アイデンティティ運動のシンボルマーク「CIマーク」としてデザインされました。
現在、コスモス・アイデンティティ運動により、「CIマーク」は広く普及しています。

 

市の木「カイヅカイブキ」 

カイヅカイブキ

平成元年6月に市民公募により制定されました。円錐状の樹形をなすヒノキ科の常緑樹。関西地方で特に多用され、生垣や庭木としてつかわれています。お寺をはじめ市内各所で樹齢何百年もの古木も数多く見られ、その名のとおり、貝塚に強く新しい息吹を運んでくれます。 

更新日:2013年8月20日

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