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貝塚市のあれこれ
地場産業
主な博物館、民俗資料館など
自慢の風景、観光資源
今に残る民話・伝説
和泉櫛(近木櫛の由来)
男の神様が海から櫛を作る8つの道具をもたらした話。海岸に一人の美人が、頭に8つの種類の櫛を差して現れたとする話などいくつか伝わっています。
岸の姫松伝説(市章とも関連)
貝塚の浜辺に聳えていた樹齢2千年以上の松の巨木にまつわる天女伝説があり、その切り株は今も北小学校に残っています。
お夏清十郎物語(水間寺愛染堂縁結びにまつわるお話)
諸説が伝わる中、水間寺には次のような伝説が伝わっています。百姓の娘「お夏」と若武者「清十郎」は惹かれあいながらも、身分の上下が厳しい当時のこと、空しく別れなければなりませんでした。その後、お夏は清十郎との再会を願い、水間寺境内の愛染明王に毎晩祈願し続けました。そのおかげで、南北朝の動乱時に 2人は再びめぐり合い、以後水間の地で仲むつまじく暮らしました。この伝説から、水間寺愛染堂は縁結びとして参詣されています。
以上、他にも多数、詳しくは『貝塚市史』参照
市内に残る歌碑や記念碑
松瀬青々句碑
「弥勒仏の下生をいつと囀れり」 考恩寺
(青々は「貝塚千古吟社」の結社など、大阪俳壇の礎)
山口草堂句碑
「春陰の時計かゝはりなく刻む」
安西冬衛詩碑
「生命の泉のほとりに」
カルバーシティ市より受像
「友情の像」
貝塚市の風情あふれる歌謡
「愛染椿」「貝塚音頭」 中村 美律子
「泉州男肌」(太鼓台のPRソング) 神野 美伽
貝塚市が舞台になる文学作品
「日本永代蔵」
井原 西鶴
水間寺より借りた銭で成功し、莫大な返納金を江戸から馬で運んだ。その銭で三重の塔ができたとする「水間寺と利生の銭」の話が出てきます。
「城塞」
司馬 遼太郎
大阪夏の陣の時、願泉寺で、当時の卜半住職が徳川方や豊臣方双方を相手に活躍した様子がでてきます。
貝塚市を詠んだ和歌や俳句
「宮木引くいずみの杣にたつ民のやむときもなく恋ひわたるかも」
万葉集
「寄する浪うちも寄せ何吾恋ふる人わすれ貝おりて拾わん」
土佐日記 紀 貫之
「忘れ貝拾ひしも」せじしら玉を恋ふるをだにも形見とおもわん」
土佐日記 紀 貫之
「岩走る水間に聞かんほととぎす」
松瀬 青々
「今日ここにお馬水かへ水間寺」
榎本 其角(芭蕉十哲の一人)
以上 『貝塚市史』などに掲載
更新日:2009年4月3日
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