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水間寺

総檜作りの三重の塔をはじめ、往時の栄華が薫る美しい水間寺

 

水間寺 

水間寺

聖観世音菩薩の伝説が残る

 水間寺の創建には、聖観世音菩薩にまつわる伝説がある。
聖武天皇(701-756)が42才のとき、病に伏せ、なかなかご平癒になられなかったその時、夢のお告げがあった。
「この奈良の都より西南の方角にあたって観世音菩薩がご出現なされる。よってこの観世音の尊像を都にお供をしてご信仰申せ」
とのこと。聖武天皇は、勅命をもってこの仏像を探すことを命ぜられ、その当時、庶民から最も信頼されていた行基にこの大切な仏像を探すことが依頼された。行基は、この仏様を求めて、奈良の地を発ち、西南方の地を歩き、そうして到達したのがこの水間の地だった。当時この地は、今では想像も出来ないような山間部で、霊峰葛城の峯よりこんこんと流れる水の間に巨岩があり、原始林に囲まれた神域であった。美しい水の流れる巨岩の上に白髪の老人がおり、手に一体の仏様を捧げ、「汝を待つこと久し」と言って、その尊像を行基に手渡し、自分は龍となって昇天した、と由来記に記されている。
 この仏様は、一寸八分(約6cm)の閻浮陀金の聖観世音菩薩で、謹んでこれを天皇に捧げたところ、病は全快。聖武天皇は、この仏様を現地にお祀りするようにとの勅命を下し、その命をもって行基は水間に堂宇を建立し、厄除け観音として庶民にも信仰されるように努めた。
 現在でも、水間寺は府下一円から厚い信仰を集めており、1月2日と3日は千本搗餅つき、節分には豆・餅まきが行われ、春には花見客でにぎわう。

 

 電話:072-446-1355 

 

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更新日:2016年3月30日

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